~ 昨日の続き ~

虚空蔵堂
いや~見事に溶けましたねぇ。これは今朝9時頃です。
もう少し残るかと思いましたが、暖かいです。
そして、今日はまた虚空蔵さんへ行ってきたので、少し長くなりますが、清岸院虚空蔵堂のご紹介もしてみます。

譽國光の前の道を南に。
田園プラザから約800mを右折です。
虚空蔵堂

この交差点は、譽國光側から向かった写真で、南向きに撮っています。

ここの左角が公民館で、反対に左折すると、白沢を通って国道120号線日光方面へ抜けられる近道です。

虚空蔵堂
↑虚空蔵堂への入口です。なんとなく山登りといった感覚。

その先の↓階段は四百五十六段です。階段慣れした方(どんな人?)でもキツイと思いますよ。
 
虚空蔵堂能満山清岸院

宗派 曹洞宗
沼田市舒(じょ)林寺末

本山 永平寺 鶴見総持寺

本尊 能満虚空蔵大菩薩

草創 天長四庚申年三月
天保十一年二月焼失す。

虚空蔵堂
清岸院の持である。

本尊 能満虚空蔵大菩薩

虚空蔵堂

由緒 平安時代の初期天長四年(827年)の創始と伝えられる。
その後、堂はなくなったものか永禄三庚申年(1560年)三月建立と言われる。
なお、承応二年(1653年)真田内記信正の家臣、鎌倉重継の発願により、沼田城の鬼門除けとして改築された。
元来、虚空蔵山が宗教と結びついた端緒は山岳宗教であろう。
山頂に十数㍍の巨岩があり、本尊の虚空蔵菩薩は、空海上人が刻んだと伝えられている。
この堂は、地元の立岩地区ばかりではなく付近の村々の住民からも尊崇され、利根郡内でも著名な堂の一つである。
また、ウナギは虚空蔵菩薩の御眷族(ごけんぞく…神の使い)と信じて、今でも捕らえることはもちろん、食べることもしない人もいる。
 
清岸院の左、杉木立の中を通り、少し登ると石段にかかる。
参道の石段四五六段は、天明五年(1785年)に着工、寛政九年(1797年)に完成した。堂の虚空蔵菩薩を中心とした十三佛のうち、十二佛尊像が石段左右に安置されている。
 
※十二佛尊像は、また後日、ご案内致します。
本堂は宝形造りで正面に唐破風の向拝をつけている。
もとは茅葺き屋根であろう。今は銅板葺きで軒が長く二重繁垂木で、柱は丸柱とし、一面四本建である。桁の彫刻蟇股(かえるまた)の造りから見ると江戸初期頃の造りであろう。本堂と向拝の建築の年代に風化に違いがあるので、向拝は後補の可能性がある。
出組、唐草文様、木鼻からみて江戸中期の後補であろう。

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